2017年5月11日木曜日

珈琲屋のマスターの契約

珈琲屋のマスターはお客と話してはいけない。
口を閉ざす事で上等な珈琲を淹れる事ができる。

と彼は信じている。





彼は悪魔と契約して上等な珈琲を淹れられるようになった。
契約の内容は

“お客と話をしないこと”

彼は自宅を改装して上等な珈琲を出す喫茶店を開いた。
腕のいいマスターとして珈琲屋を営んでいるが、
悪魔との契約があるためお客とは話す事ができない。





しかし、悪魔との契約内容を知らないお客は容赦なく話しかけてくる。
しかたなく和かに振る舞うしかない。
時々出る声も風船が擦れたような声しか出ないが、
それでもお客は満足して帰っていく。
そして何人か、また来ては話しかけてくる。





はたして、自分の言葉がお客にどのように聞こえているのだろうか?
声を出せてないはずなのに、
なぜ伝わっているのだろう?
自分では出せてないと思っている声は、
何と伝わっているのだろう?
その話した内容はマスターにはわからないが、
お客には何かが伝わっているようだ。





閉店後、真っ暗になった店のカウンターに座り、
ビールを飲みながらマスターは独り言を呟く。
しかし、その声を聴くことができる人はいない。
隙間ができた床の下にある埃と共に、
誰に見られる事なく徐々に積もっていく。
少し酔いながら久しぶりに自分のために珈琲を淹れて飲む。
美味い。
それに安心して、また一口すする。


マスターは悪魔と契約を交わした内容に後悔はしていない。