珈琲屋のマスターはお客と話してはいけない。
口を閉ざす事で上等な珈琲を淹れる事ができる。
と彼は信じている。
彼は悪魔と契約して上等な珈琲を淹れられるようになった。
契約の内容は
“お客と話をしないこと”
彼は自宅を改装して上等な珈琲を出す喫茶店を開いた。
腕のいいマスターとして珈琲屋を営んでいるが、
悪魔との契約があるためお客とは話す事ができない。
しかし、悪魔との契約内容を知らないお客は容赦なく話しかけてくる。
しかたなく和かに振る舞うしかない。
時々出る声も風船が擦れたような声しか出ないが、
それでもお客は満足して帰っていく。
そして何人か、また来ては話しかけてくる。
はたして、自分の言葉がお客にどのように聞こえているのだろうか?
声を出せてないはずなのに、
なぜ伝わっているのだろう?
自分では出せてないと思っている声は、
何と伝わっているのだろう?
その話した内容はマスターにはわからないが、
お客には何かが伝わっているようだ。
閉店後、真っ暗になった店のカウンターに座り、
ビールを飲みながらマスターは独り言を呟く。
しかし、その声を聴くことができる人はいない。
隙間ができた床の下にある埃と共に、
誰に見られる事なく徐々に積もっていく。
少し酔いながら久しぶりに自分のために珈琲を淹れて飲む。
美味い。
それに安心して、また一口すする。
マスターは悪魔と契約を交わした内容に後悔はしていない。
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